声楽のレッスン

イタリアで歌のレッスンに通っている頃、あるおばあちゃん先生のレッスンはいつも朝9時からだった。それに合わせて早く起きるにしても、時間が早過ぎてうちで発声練習も出来ずに、いつもレッスンに伺っていた。そして第一声の後、先生の一言は決まって「どうしたの?風邪でも引いた?」だった。「そうじゃない、まだ喉が起きていないだけですよ」と言ってもまだ心配気味。しかも、この先生はどう言う訳か、僕に軽い声質のレパートリーの曲ばかりをやらせていたので、朝9時に発声練習もしないで到底歌えるものではなかった。僕の声質は、先生が思っているほど軽くはないのだ。
30分位経って、僕が「調子が出てきたかなあ?」と思いながら歌っていると、いつも決まって「医者を紹介しようか?」と追い討ちをかける。僕は自分の状態が分かっているから「その心配には及びません」と答えつつも、妙な暗示でもをかけられた様に、だんだん憂鬱になってくる。
そして、レッスンもそろそろ終盤、1時間位歌ってると喉もいい感じになってきて、すると先生は「いいじゃない、 その調子でね、でも、初めはどうしたんだろうね?」と仰る。「おいおい、ちっとも僕の話分かってないでしょ?」と内心ちょっと寂しくなった。いつもこんな調子で、習得出来たオペラは数本足らずだった。

一年程レッスンに通ったある日、「明後日、ロンドンのコベント・ガーデンから人が来るんだけど、予定は空いてるか?」 と言われた。オーディションだった。しかし、手遅れ、僕は「明日、日本に発つんですよ。残念です…」とガックリと肩を落として答えた。日本に一時帰国する為にチケットを買ったばかりだった…。
とっても良い先生だったけど、僕とは本当に馬が合わなかったみたい。コンサートの時も、僕が「この曲順じゃ歌い難いから順番を変えて欲しい」と頼んでいるのに、ガンとして取り入れてくれようとはしなかった。 先生、お元気ですか~?

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