6月のヨーロッパは最も美しい季節の始まりであり、またバラの季節でもあります。
フランスの高踏派の詩人ルコント・ド・リールがそのバラを題材として書いた詩に、フォーレがメロディーを付けた「ネル」は、フォーレの初期の作品の中で最高傑作と言われています。
明るい太陽の光を受けた真紅のバラ
六月よ、酔いしれる輝きよ、
おまえの黄金の杯を私の方へ傾けてくれ。
木陰では快楽の吐息がたち昇る。
山鳩たちが遠くの森で
愛の嘆きを歌っている。
物想いにふける夜の星よ、
おまえの真珠の星はもっとやさしい。
愛するネルよ、
君の姿が私の心に花開かなくなれば、
岸辺に歌う波は永遠に歌を歌わなくなる。
僕が大学を終えた1987年、縁があって当時京都市立芸術大学音楽学部、同志社女子大学音楽学科等で教鞭をとっていらっしゃった故河本喜介氏にフランス歌曲を教わる機会がありました。先生はフランスに於いて数多くのコンクール入賞、パリ・マドレーヌ寺院、フランス国営放送ソリストを務める等、長年に亘りフランス楽壇にその名を馳せ、帰国後もフランス歌曲の演奏普及活動を続けられた方で、その残された業績は大変なものでした。
先生のフランス語の発音がとても美しかった事を記憶していますが、歌唱に於けるフランス語の発音がどうでなければならないのかも良くご存知だったので、大変参考になりました。また、曲想やテンポ等についても教わる事が沢山あり、この「ネル」に於いても、実際に指定されているテンポよりかなり速めの方が、6月を女性(ネル)にたとえて歌うには生き生きとした感じが出るという言葉になるほどと思ったものです。
ところで、この「ネル」という名前ですが、ギリシャ語で「太陽の輝き」を意味する hélê を起源とする「ヘレナ」から派生、「ペネローペ」、「エレオノーラ」等の愛称としても呼ばれるんですね。6月の太陽を想像させる女性の名前を選んだリールのセンスにも驚嘆せずにはいられません。
先生とのお付き合いは、その後、先生が体調を崩して入院されたこともあり、残念ながらほんの数ヶ月でしたが、在りし日のお元気な姿しか知らない僕にとって、1988年5月に急逝された事を知った時は、信じられない思いで一杯でした。
先生が亡くなられた2年後に出版された「フォーレとその歌曲」(音楽之友社)に綴られた文面からは、先生の人柄、姿、教えを偲ぶ事が出来、僕にとって今でも大切な1冊です。
写真は、バーデン・バーデン滞在中にバラ園で撮ったものですが、6月に入り良い天気が続きやっと咲き始めたと言う感じでした。因みに、バラは僕が最も好きな花ですが、しかも、某占いによると僕の「宿命華」なのだそうです(^^)