定年延長反対の全国ストやデモの影響で公演日程の変更、延期を余儀なくされたストラヴィンスキーの「ナイチンゲールと他の寓話」が、予定より1日遅れて22日無事に全公演日程を終了しました。
一昨日既に改革法案が上院で賛成多数で可決されてしまったわけですが、この後、施行までの間にまた新たなストがあるだろうとみられており、来週以降もまだ予断を許しません。
さて、22日夜の公演は、19日夜の公演がストの影響で中止になりその代りとして行われたのですが、予定では21日に全日程が終わる筈だったので、大勢の出演者の中には予定が付かないという人もいました。その中にはコーラス・パートの中のソリストが含まれていて、延期が決定した夜、実は僕のところに代役を打診する電話が掛かって来ました。病気の為に休職中だった僕のところへですよ。他に適役がいなかったのかどうかという問題は別として、様々な状況下に於いて、流石にその場では即答出来なかったので、翌日の昼まで返事を待ってもらう事にしました。
そして翌日は朝から猛練習。音取りは兎も角として、ロシア語の子音さばきがとても面倒で、これが最後の最後まで足を引っ張りそうでした。結局は代役を引き受ける事を承諾してしまったのですが、同時に、これ以上耳鳴りが悪化しない事を望んで止みませんでした。ところが案の定、そこへ来てその夜未明の発作が起こってしまったので、それから本番までのプレッシャーは尋常ではありませんでした。
職場復帰した21日の夜は「ナイチンゲールと他の寓話」の公演だったので、ずっと同役を歌っていた同僚から演技上の注意点も教わりました。この夜の本番中は今まで自分が歌っていたパートに加えて、ソロ・パートのテンポも再確認しなければならなかったのでかなり疲れました。
最終公演当日。午前中は前エントリーの通り耳鼻科の診察、検査があったので、また別な意味で緊張していました。新しく処方された薬の効能についても、回復に関してとても期待が持てる反面、その副作用を考えたらこの日ばかりは飲まない方が良かったのではないかと、後になって後悔したりもしたのです。
午後は、プーランクの「ティレジアスの乳房」の指揮者による音楽稽古がありました。この作品には、休職する前の段階で、まだ誰が歌うのか決まっていなかった端役が残っていたのですが、僕がいない間にその決定が下されていました。それが何と!ご丁寧にも演出家直々のご指名で、僕が演る事になってしまっていたのです。嬉しいやら有り難いやら面倒臭いやら、何で今日みたいな日に限って…とか色々な事が頭の中を駆け巡りましたが、決まってしまった事は仕方がありません。指揮者の要望通りに歌おうと必死になってしまいました。
こうして音楽稽古を終えた頃には、もう既にかなりの疲労を感じていたので、一旦帰宅すると少しの間横になりました。
夕方からはまたデモがありましたが、この夜のデモはこれまでのものとは違い、連日のデモに紛れて町を破壊して回っていたブレーカー、壊し屋達 “Casseurs” に抗議する為のものでした。このお陰で市内交通網はまたしても麻痺、オペラ座へ向かう地下鉄は動かず、バスも途中までしか運行していなかったので、降ろされたバス停からは15分ほど歩いてオペラ座へ行かなければなりませんでした。
この日新しく処方された薬は、医師の説明によると「身体中のエネルギーを急速に大量消費する作用があるので身体がとても暑くなるが、耳鳴りを軽減、もしくは除去する可能性が非常に高い」というもので、その影響がある所為なのか、服用後暫くすると身体中が火照ってきて、それまで超高音の「ソ」でずっと鳴り続けていた耳鳴りは、不思議な事に更に上の「シ」までピッチを上げていました。また、薬の注意書きを良く読むと、その副作用として身体が震えたり、筋肉の弛緩、腹部膨満等の作用があるとも書いてあり、薬が効き始めていた事は感じる事が出来て嬉しかった反面、丁寧にも副作用も一緒にこの晩の内に出てしまい、はっきり言ってコンディションは最悪でした。本番直前のダメ出しでは、それまでちゃんと歌えていたのに、一箇所だけ何度やり直してもついに一度もちゃんと歌う事が出来ず、殆どパニック状態でした。その後、コーラス・マスターや同僚達からどんなに励まされてもプレッシャーが増すばかりでした。これまでにも随分色んな代役を務めましたが、こんなに辛かった代役は初めてかもしれません。
こうして迎えた本番は、自分ではどこをどうしたのかはっきり覚えていません。でも、出番が終わって舞台袖に引っ込むと、皆が「ブラボー!」、「ちゃんと歌えてたよ」、「本番でキメるなんて凄い!」等々、沢山の労いの言葉をかけてくれました。僕はと言うと、極度の緊張と大量の汗とで今にもぶっ倒れそうでしたが、カーテン・コールでもう一度舞台に出るまでの間、メイクさんが何度も顔の汗を拭き取ってくれたました。
帰りは車で送ってくれると言う同僚の言葉に甘えて、家の傍まで送ってもらいました。本当に自分は役目を果たす事が出来たのだろうかと歌い終わってからずっと半信半疑で、ベッドに入ってからもなかなか寝付けずにいたのですが、そんな矢先にコーラス・マスターから届いた携帯メッセージを読んだ時、やれるだけの事はちゃんと果たす事がきっと出来たんだろうと、労いの言葉に感謝しながら安心して眠る事が出来ました。