おみやげはどこニャ???

昨夜、妻と娘は沢山のお土産を持って無事帰宅しました。
エア・フランスのエコノミー・クラスの場合、追加料金なしで預けられる1人当たりの荷物の総重量は23Kgまでなんですけど、日本人旅行客だけは日本往復便に限って30KgまでOKなんです。勿論、我が家の様に地方都市からの経由便の場合は事前に確認をしておかないと、追加料金が課せられる場合も生じるので注意が必要ですけどね。
と言うわけで、今回は殆ど空っぽのスーツケース2つで帰りましたが(特に娘の方)、これが満杯になって戻って来ました(爆)。

おにぎり成田空港内のコンビニで買って来た僕への“恒例のお土産”です。僕はこれを食べながら妻や娘の話に耳を傾けておりました(^^)

おみやげはどこニャ???「おみやげはどこニャ???」と言わんばかりにスーツケースの中を探すマーシャ(^^;

マーシャへのお土産マーシャへのお土産はこちら。日本のキャットフードです(^^)

三色団子こちらは数あるお土産の中の1つ(!)の「三色団子」。
マーシャは自分へのお土産には殆ど反応を示さなかったのに、この三色団子には物凄く反応してしまいました!
尤も、キャットフードはしっかりパッキングされてますから、封を開けない限り反応はしない筈ですけどね(^^;

これはあたしの!団子の箱の上に乗っかって、さも「これはあたしの!」と言いたげでした。
しかたがないので少し分けてあげたら本当に食べたのでビックリ! 恐るべし甘党(笑)。

娘は昨日でバカンスが終わり今日からまた学校ですが、午前中は体育なのでこれは休ませて、午後からの登校。またいつもの生活リズムに戻りつつある我が家です。

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スタンバイ!

ご飯まだかニャ~♪今日はオペラ座のリハーサルはまた出番がなかったので、一日丸々オフ!
でも、午前中は掃除、洗濯にビデオ鑑賞(連ドラ等)、昼食後は近くのスーパーに買出しに行った後、パンを焼いている間にピアノのお稽古、そして、ほんの数分だけ声を出して…と、とても充実した一日でした(^^)V
僕は基本的に休日はインドア派なので、当然、食事も自炊します! 兎に角、時間を最大限有効に使いたいと思うのです。朝もマーシャがいつも通り早く起こしてくれるので、目覚まし時計が要らないしね(笑)。
そうそう、それから妻にも電話しました。もう明晩フランスに戻って来るので到着時間の確認等もしましたよ。いや~しかしそれにしても2週間てあっと言う間ですよね。また賑やかになります(^^)

写真は晩御飯の支度をしている時、マーシャがテーブルの上で妙な格好をしていたので携帯電話のカメラで撮りました。自分のご飯になかなかならなくて、待ちくたびれちゃってるみたいで可笑しいでしょ(^^;

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甘えん坊~♪

甘えん坊~♪いつもと違って昼間誰もいない所為もあると思うのですが、夜仕事から帰宅するとすぐマーシャが寄って来てベッタリ離れません。僕がトイレに入ると、大きな声で鳴きながらバタバタ家中を駆け回るので、何だか「どこに行っちゃったの~???」とでも言いながら探してるみたいにも思えちゃいます(^^;
また、パソコンに向かっていようものなら必ずと言ってよいほど膝の上に乗って来るので、それから暫くは身動きが取れません。でも、顎の下を撫でてあげると写真のようにとっても嬉しそうにします。

ひとりぼっちで淋しかったんだよね。まだまだ甘えん坊だもんね~(^^)

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次は「ポーギーとベス」

リヨン・オペラ座のプログラムは、4月28日~5月7日に隣町ウランのルネサンス劇場でクルト・ワイルの歌劇「レディー・イン・ザ・ダーク」の公演(フランス初演)があり、その後5月17日からはオペラ座でジョージ・ガーシュインの歌劇「ポーギーとベス」の公演があります。

「ポーギーとベス」は、当然の事ながらそのキャストの殆どが黒人ですが、ガーシュインの遺族の指定・取り決めにより、白人の役以外は「アフロ・アメリカン」でなければいけない事になっています。この方々、シドニー・ポワチエ主演で1959年に製作された映画版が、原作を無視したミュージカル仕立てだった事からそれを不服とし、映画に関する全ての権利を買い上げた上に、全てのフィルム、プリントを焼却してしまったと言う逸話があるほどで、この方々の許可なくして公演は成り立たないのです。しかしながらアメリカから大人数の黒人歌手に来てもらうのは、どこかの団体の引越し公演ならまだしも、旅費や労働ビザ等の問題もあり余り現実的ではないので、遺族との交渉が必要だったわけですが、最終的には「黒人ならOK」と言う許可が頂けました。
勿論、コーラスも黒人でなければならないのは同じで、去年、黒人歌手のエキストラ16名募集のオーディションが行われました。しかし、フランスにはアフリカ系移民が多いですが、ラップなら兎も角オペラを歌えるかどうかとなると別問題。その為、始めリヨンだけを予定していたオーディションは、その後パリとロンドンでも行われました。

こうして選ばれた16名が、黒人ソリスト達と共に舞台上で活躍するわけで、現在行われているリハーサルも彼らが中心となってやっています。それじゃあ残る正式団員の我々はバカンスか?と言うとそれは大きな勘違い!! 舞台袖で陰コーラス、あるいは舞台にいてもチュールの幕で客席からは隠れて見えないと言う状態であっても、ちゃんと参加させられるのです。
しかも、「舞台に上らなきゃいいんだろ?」といわんや、第2幕後半のピクニックに出掛ける場面では、全員がカーニバルさながらに思いっきりメイクをして誰が誰だか分からない扮装で客席に登場。更には、「どうせ誰だか分かんないんだから~!」とばかりに、そのまま勢いで第2幕第2場は舞台にまで出てしまうのです…(^^;
先日、そのメイクの試しが行われたので、出来上がったところを携帯電話のカメラで撮ってみました。僕はマクドナルドのロナルドみたいなピエロですけど、同僚の中には「キャッツ」の中の猫や、キッスのジーン・シモンズみたいなメイクされてる人までいて皆凄いですよ。これが決定かどうかは分からないですけどね(笑)。

正直なところ、このオペラだけは何処をどう転がっても自分は絶対に演る筈のない曲だと信じていたんですけど、少し考えが甘かった様です(^^;

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中世の村ペルージュ

村の入り口昨日は夕方から、オペラ座の同僚のSさんとFさん(2人とも女性)の合同バースデー・パーティーに招かれ、リヨンから北東へ40分ほど車で行ったペルージュ Pérouges へ出掛けました。
1月末に案内を受け取る前に、Fさんから「絶対予定空けといてね!」と釘を刺されていましたが、後日受け取った案内状には「2人合わせて百歳!皆で祝杯を!!」と言う様な内容が書かれてあり、思わず大笑いしてしまいました(^^;
パーティーは、同じ仕事仲間でもあるBさんがオーナーを務めるこの村の某レストランを貸し切って催されましたが、オペラ座関係者以外にそれぞれの親類縁者・友人関係を合わせると、百人近くいたのではないかと思います。
ワインやアペリティフで暫し歓談の後、Sさんのご主人がギターを弾きながら、Sさんに捧げるバラード調の曲を歌いましたが、会場の中には貰泣きしてる人も数人いて、とても感動的でした。
その後も、歌あり、ジャズの演奏あり等々…ディナーを食べた後はまた暫くワイワイガヤガヤ歓談していると、午前零時と共に灯りが消え、いよいよケーキの登場と相成り、「ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪」を皆で合唱。同僚皆でお金を出し合って買ったプレゼントをお2人に渡しました。選んだプレゼントは2泊3日のタラソ・テラピー優待券です。お2人にはこれからも元気で美しくいて頂きたいですからね(^^)
料理の写真を撮るのをすっかり忘れてしまいましたが、ぜ~んぶとても美味しかったですよ。はっきり言って食べ過ぎです(^^; バースデー・ケーキの後に出されたペルージュ名物のガレットまでは食べれませんでした(爆)。

ペルージュには5月半ばに別件でまた行く予定ですが、折角なので、少しだけ村の紹介を…。

村の一角ペルージュは、中世の佇まいを今に残す村です。
2006年現在、総人口は1189人だそうですが、古くから麻を主体とした織物業で栄えたこの村は、最盛期には1500人もいたそうです。ところが、19世紀に鉄道が敷かれた時、その路線から外れ、他の町で織物の工場生産が始まると、生産量では太刀打ち出来なくなり、次第に過疎化が進み、1910年頃には人口が90人程にまで落ち込み、殆ど廃村状態だったそうです。
しかし、幸いにも古い物を愛するリヨンの人達と、ペルージュに残っていたアーテイスト達がこれらの建物を買い取り、以前にも増して美しく蘇りました。現在では「フランスで最も美しい村」にも登録され、村全体が歴史的建造物に指定されています。
その所為か、週末やバカンスともなると沢山の観光客で一杯になるそうです。
ペルージュと言う名前の由来は、ローマ帝国時代にイタリアのペルージャ Perugia から逃げて来た、ガリア人 Galli (仏語ではゴール人 Gaulois)の部族によって作られたと言う史実に関係があるみたいです。以前からペルージュという土地の名前を耳にする度に、何となく違和感があったのですが、これでやっと納得です(笑)。因みに、仏語でペルージャは「ペルーズ」 Pérouse と言います。

Ostellerie du Vieux Pérouges13世紀に建てられた「オステルリー・デュ・ヴュー・ペルージュ」 “Ostellerie du Vieux Pérouges” は、ガイドブックにも載っている有名なレストラン兼宿屋ですが、現在は歴史建造物に指定されています。
普通、仏語で「オステルリー」と書く時は、 “Hostellerie” と語頭に「H」が付きますが、伊語の同意語である「オステリーア」 “Osteria” にも似ていて、ちょっぴり面白いと感じます。

Place Tilleul広場の真ん中に巨大な菩提樹がある、その名もズバリ「菩提樹広場」 Place Tilleul です。

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